2025年秋、狩猟の勉強のためヨーロッパへと渡りました。クロアチアからスタートし、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、フランスへと、犬と猟師を訪ねながら旅しました。世界の猟犬、猟法、規制、自然や野生鳥獣への考え方、日本では経験できない猟などを自分の肌で感じるためには、実際に足を運ぶしかないと思いました。
ノルウェーで四国犬を使った単独猟師がいると聞き、ぜひ見させていただきたいと思い、友人のMika Haettaさんの力を借りて連絡を取ることができました。快く話を受けていただき、オスロ空港まで迎えに来ていただいた上に、1週間近く家に泊めていただきながら、四国犬との猟だけでなく、ノルウェー各地の猟師と山へ入ることができ、つながりを築くことができました。まずは猟師のRinaさんとの四国犬単独猟のレポートを忘れる前に書かせて頂きました。
9月中旬、西ノルウェーのフィヨルド地帯は天候が良く、海と空は深い青に染まり、巨大な岩山の森には羊や牛が放牧されていました。森林限界を越えた山頂は、まるでトロルの国のようで、観光スポットとなっている「トロルの壁(トロルスティーゲン)」は車で数分の距離にあり、この岩山の圧倒的な規模を見ると、トロルが刻んだものと言い伝えられたことが理解できます。
ノルウェーの人口は約560万人で、そのうち狩猟登録者は55万人以上。昨年、実際に狩猟税を支払ったハンターは18万人以上だそうです。人口1億2千万人の我が国とほぼ同じ数のハンターがいることを知り、正直驚きました。また近年、ノルウェーでは女性ハンターの数が着実に増えており、現在では狩猟者登録されている方の16%を占めるまでになっています。
ノルウェーには鹿、ヘラジカ、キツネ、イノシシなど豊富な狩猟対象鳥獣が生息しており、山地にはヒグマも少数、近年はオオカミも増えているそうです。この日、猟師のRinaさんと3歳の四国犬「サガン」と一緒に、200キロを超えることもあるアカシカ猟に同行させていただきました。
Rina Ravn(リナ・ラヴン/47歳)とパートナーのTor Vangen(トール・ヴァンゲン/51歳)は、10代の頃から狩猟をされている大ベテランでした。数日前、オスロ郊外にあるTorさんの家を訪れた際に、2人が飼う3頭の猟犬を見せていただきました。ノルウェジアン・エルクハウンドのティラ、スウェーデン生まれの四国犬アルファ、そしてイタリア生まれの四国犬の雄、サガン(3歳)。犬たちは静かに落ち着いており、庭にある犬舎から出されても、しっかりとしたマナーで私を迎えてくれました。四国犬は日本犬らしく飼い主に対しては温かいですが、見知らぬ自分を受け入れるかどうかは慎重に見極めます。
Rinaさんはこれまで15犬種以上を飼育・訓練し、狩猟を共にしてきたベテランです。四国犬を猟犬としてどのように思っているか尋ねると、他犬種との比較で説明してくれました。「マリノアを思わせる部分がある」と言われ、ドライブ(意欲)や訓練性能の高さが似ているとのことでした。長年の狩猟経験を持つ彼女が、「四国犬は今まで飼ってきた中でも最高の狩猟犬のひとつ」と語るのは意外でした。
ノルウェーにはさまざまな狩猟スタイルが存在しますが、その中でも伝統的なのはノルウェジアン・エルクハウンドを使ったヘラジカ猟です。ヘラジカはアメリカでMooseと呼ばれていますが、ノルウェーではElgと呼ばれ、雄は体重800kgに達することもあるノルウェー最大の陸上哺乳類です。自分も後日同行しましたが、ヘラジカ猟ではElghund(ヘラジカ犬)がハンターから離れて何キロも捜索し、ヘラジカを吠え立てて足止めする猟法でした。
オスロから西のフィヨルドへ横断する道中、Rinaさんの友人の家を訪れると、ちょうど猟能研究会のようなイベントが開催されていました。そこで登場したのがリモコン・ヘラジカです。このリモコン・ヘラジカはスマートフォンのアプリで操作され、著名なハンターでありエルクハウンドのブリーダーでもある「T-F Elgkampen犬舎」のTonyさんが作り上げたものでした。
ヘラジカは巨大なだけでなく、時に危険な獲物であり、追い詰められると強烈な蹴りを放つそうです。そのため、若犬や未経験の犬をリモコン・ヘラジカで慣らすのは、犬にとって安全な訓練法です。驚くほど「動ける」この機械動物は、コントロールされた状況での訓練を可能にすると言われました。また、活きた動物を用いた訓練が法律で禁止されている地域や国もヨーロッパには多いと聞きました。動物愛護の観点から、日本でも今後同様の法律ができるかもしれません。その日が来たら、Tonyさんに訓練用のリモコン猪を作ってもらうしかないかもしれません。
今回の旅では、ヨーロッパのハンターたちが猟犬の育成に非常に力を入れており、時間と労力を惜しまないことを目の当たりにしました。犬たちは高度な服従性と安全性を求められ、その代わりに最高のケアを与えられています。街中でハンターと連れ立つ姿も珍しくなく、外の犬舎で飼われる猟犬もいれば、家庭の一員として室内で過ごしている犬も少なくありませんでした。
ヘラジカ訓練の途中、ハンドラーが犬をヘラジカから呼び戻し、再度入れなおす場面がありました。なぜそれが必要かと聞くと、狩猟者に与えられるヘラジカの捕獲頭数には制限があり、雄・雌・子ジカごとに割り振りが決まっているとのことでした。犬が「間違った獲物」を追ってしまった場合、すぐに呼び戻して次へ移らねばなりません。かなりハイレベルな訓練でした。
訓練の終盤、自分のリクエストもあり、Rinaさんの四国犬アルファの飛び入り参加が運営側から許されました。初めての体験だけに、周囲の誰もがこの日本の猟犬がどう反応するか注目していました。アルファは一定の距離を保ちながらもすぐに吠え始め、ヘラジカが動き出すと狩猟本能が目を覚まし、その進路を断とうとする動きを見せ、同時にしきりに振り返ってハンドラーとの位置を確認します。その間、鳴き声は止むことなく、まずまずの評価でした。
この日の参加犬種は、ノルウェジアン・エルクハウンド、イェムトフンド(スウェーデン・エルクハウンド)、そして四国犬。3国の同じスピッツ系猟犬が同じ舞台で評価される光景は、実に興味深いものでした。
ノルウェーではドッグショーとは別に猟犬の公式競技やチャンピオン称号が存在し、RinaさんとTorさんは審査員でもあるそうです。この競技は追跡綱あり・なしの両方式で行われ、それぞれに試験が設けられています。余談になりますが、ノルウェーでは複数頭の犬を放しての大物猟は法律で禁じられており、放犬は1頭までとされています。また、狩猟を行うには自ら土地を所有しているか、土地所有者の許可が必要だと聞きました。これに加え、土地所有者が狩猟の方式やルールを決めることができるため、今回のアカシカ猟ではRinaさんはサガンに綱をつけてのon leadで追跡することになりました。
山の麓に車を停めて準備を始めると、風は北から吹きつけ、9月中旬とはいえ朝の気温は11度と肌寒かったです。サガンにはTracker社のGPS首輪とハーネスを装着し、これに10メートルほどのリードが付けられました。Rinaさんの愛銃はスコープ付きライフル「ティッカ6.5」で、真新しいフレイヤ&デヴィク製のサイレンサーが付いていました。サイレンサーは日本では違法改造とされ禁止されていますが、ハンターと犬の耳を守り、山の静けさを損なわないことから、ノルウェーのハンターは愛用していました。
Rinaさんに、このようなリードを付けた状態の鹿猟をするために犬に何を教える必要があるか尋ねてみました。「基本服従。座れ・止まれ・待て・歩行訓練」と答えました。四国犬は利口で訓練しやすいですが、最も重要なのは幼い頃から落ち着きを教えることだと強調されました。また、良き猟犬は従順で安全でなければならないとも言われました。ノルウェーでは犬が事故を起こしてしまうと、その飼い主が所有するすべての犬が没収されることさえあり得るそうです。
山へ入る前にRinaさんは、「今日の獲物はこれよ」とでも言うかのように乾燥させた鹿皮を取り出し、サガンに嗅がせます。私たちは風向きを読みながら、ゆっくり静かに岩山を登りはじめました。これは馴染みのある忍び猟の一種だと感じました。ただし人間のみの忍び猟と違う点は、犬が優れた嗅覚で獲物の存在を先に知らせてくれることです。サガンとRinaさんは息を合わせ、数メートル進んでは止まり、風を確かめます。
Rinaさんに四国犬の性能で一番気に入っている点を尋ねると、「鼻がとても良い」と即答しました。地鼻と高鼻を使い分け、両方の匂いを拾うことができると言われ、多くの犬種は片方しかできないそうです。リードを付けた猟では、最初に拾うのは地面に残る古い匂いであり、鹿との距離が縮まるとサガンは高鼻を使い、空気中の匂いを捉えてポイントします。
数時間が経ち、巨岩の点在する急斜面の森を抜けた頃、ついに鹿に近づきました。そこで目にしたのは、この猟法において非常に役立つ日本犬の特性、「敏感で、素早く物に反応する」ことでした。獲物の匂いが新しくなるにつれ、サガンはリードをわずかに引き始めます。Rinaさんは時にハンドサインやコマンドでスピードを落とさせ、時には後ろへ行かせながら、少しずつ前進します。一声も出さず、最後はサガンが見事なポイントとも言えるような「立ち込み」に入ります。Rinaさんが射撃の準備を整えると、サガンに「お座り」をさせ、照準を定めて引き金を引きました。
サガンはブラッドトラッキング(血痕追跡)の訓練も受けています。昨年8月には地元新聞にも取り上げられ、その時の写真もいただきました。体重89キロのイノシシを撃った猟師の要請で、サガンが追跡して見事に発見したそうです。この地域ではイノシシの個体数が少なく、話題になったとのことです。これも余談ですが、ノルウェーでは大物猟を行うためには、公認のブラッドトラッキング・チームとの契約が義務付けられているそうです。撃った獲物を必ず回収することが、法律により義務化されています。現在、北欧各地では柴犬が追跡犬として多数活躍していると教えていただき、追跡チャンピオンになった犬もいるそうです。これを聞き、日本犬本来の資質に合った「仕事」だと感じました。
日本犬との狩猟を始めて、もうすぐ20年が経ちますが、日本各地の猟師の話を聞かせてもらいながら勉強してきました。地形、獲物、猟師の好みなどによって猟犬に求められる猟芸は異なりますが、和犬系大物猟犬に対してどの地域の猟師も求める共通のポイントもあり、それをクリアしている犬が「良い猟犬」「名犬」と言われるのでしょう。今回ノルウェーで見させていただいた四国犬との単独猟は斬新で、頭の中で固定されてきたイメージ「良い猟犬はこうでなければならない」を覆すような経験でした。
少なくとも自分が住む房州の山で猪を獲るには、捜索、レンジ、連絡、吠え、向かって行くハートなど、犬に求める素質が多くありますが、リードを付けたこの猟法では、まずレンジ・連絡・吠えといった条件がクリアできていない犬でも猟に使えます。その代わり、訓練性が高く、無駄吠えの少ない犬などが好まれるでしょう。
前審査部長で長年日本犬を猟に使われていたM先生に、日本犬の「狩猟標準」がないか聞いてみたことがありました。その時、先生は「日本犬は昔からさまざまな猟法で狩りをしてきた。保存会として我々が守るべきは、その多様な本能と猟芸をすべて残すことだ。あとは猟師が自分の猟に合わせて系統を選べばよい」と言われたのを覚えています。
四国犬は古代から続く原始的な猟犬であり、我が国の天然記念物にして国の宝です。近年、登録数の減少により絶滅の危険さえある四国犬ですが、日本犬保存会の使命として定款に書かれている通り、「各種使役に対する利用を増進する」という観点から考えると、今回異国で新しい猟法に挑む四国犬を目にし、希望を感じました。
日本犬の保存は今やグローバルとなり、世界各国で日本犬が認められる時代が来ました。古の猟師もきっと誇りに思うことでしょう。我が国の猟犬が海を渡り、単独猟の最高峰と言われる「一銃一狗」にモダンなスタイルで臨む。この挑戦は、日本犬の新たな歴史の一歩だと感じました。今後の展開に期待しています。
















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